おいしいコーヒーの原点。
私が小学5年生の時、近所の大学生のお兄さんの家で頂いたサイフォンで淹れたコーヒーが、私にとっての本格的なコーヒーでした。それまでは、インスタントの粉のコーヒーの中でも、特に粒の大きい奴こそが本物と思っていた小僧にとって、サイフォンから広がってくるあの香りは、驚きでしかありませんでした。それが私のコーヒーの香りの原点です。
私の父は、よく不味いコーヒーを淹れてくれました。ゴリゴリとミルを手で廻しながら豆を挽き、何の拘りもなく淹れたコーヒーはエグみが強く、見た目はコーヒーなんだけれど何か違う。そんな父のコーヒーですが、ただ一度だけとても美味しい時がありました。奇跡的に上手に淹れられたそれに、しみじみと「美味しいなぁ」と、「こんなコーヒーを毎日淹れられたらいいなぁ」と、思いました。それが多分、私のコーヒーの味の原点です。
父の奇跡の一杯。
私がコーヒーを趣味で初めてから、だいぶん経ちます。見よう見まねで始めた頃は、父と同じ不味いコーヒーしか淹れられませんでした。「どうしたら美味しく淹れられるのか」、いろんな本を読んだり、先輩方にご教授願ったり、ネットで調べたり…残念ながら、仕事に忙殺されて本格的に学ぶ時間を持てずに、自学自習で続けてきたコーヒーですが、どうにか『父の奇跡の一杯』には近づいたように思います。でもまだまだ。
豆を自分で焙煎するところまでは至っていません。お気に入りの豆を買ってきて、ていねいに丁寧に淹れるだけ。だから、お店のメニューも「深煎り」と「浅煎り」の2種類だけ。でも、開店前に美味しいコーヒーを淹れるための色々な要素を確認・調整するのは、どこのお店とも同様に欠かせません。
好きなコーヒーの基準。
味の調整の基準は、自分が納得のいく味が出ているかどうか。ある先輩に、「美味しいコーヒーの基準は何ですか」と尋ねたことがありました。答えは、「基準はないですね。コーヒーの味は千差万別で、人の好みも千差万別ですから」。その回答に妙に感心し、それならばと、「先ずは自分の好きなコーヒーを基準」にしています。
私の好きなコーヒーは、熊谷市妻沼の某カフェのコーヒーです。とてもスマートでおっとりした風情の、若いマスターが淹れてくださるコーヒーは、何と表現すればよいのでしょう…豆の輪郭がはっきりとしているのだけれども、とても穏やかな味、でしょうか。なかなか実現できない味ですが、いつかそんな一杯を淹れられるようになりたい、これが私の目下の目標です。
カップも楽しんで。
私の店では、主にアンティークの食器類を扱っているので、使っているコーヒーカップにもこだわりを持っています。当店では「深煎り」、「浅煎り」それぞれ異なるカップを使ってコーヒーをご提供しています。こちらのカップ、どちらもオールドノリタケのものになります。
深煎りには水色のラインが爽やかなカップを、浅煎りには赤の口紅がちょっと印象的なレトロなカップを使っています。特に浅煎り用のカップは、裏の窯印が『ヤジロベー印』になっており、これは1911年から1940年頃に作られたことを意味します。
実を言うと、深煎り用に使っている水色ラインのカップで浅煎りコーヒーをご提供する予定でした。そして、深煎りコーヒーには、例えばJens.H.Quistgaardの「tema」のような、もっと厚手のものを使うことを計画していました。ところが、お店のイメージにぴったりの厚手のカップがなかなか見つからない。
そこで、自宅に眠っていた口紅のカップを引っ張り出してきて、こちらを浅煎り用に、水色ラインを深煎り用に使うことにしました。ただ、コーヒーの味はワインと同様、カップの種類によって微妙に変わるものです。出来れば、深煎りはもう少し厚手のカップでご提供したいと考えています。今でも、良いカップを探索中、理想のカップ&ソーサーにいつか巡り合うことを願っています。