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パリとモスクワ

2024.08.06

このタイミングで、「パリとモスクワ」と聞けば、皆さんはきっと「オリンピック」を連想されることでしょう。でも、残念ながらオリンピックではなく柱時計のお話です。今回は、北欧雑貨からちょっと離れてーでもデザインや『古いモノ』と言った意味では興味深い、アンティークの「柱時計」について少し紹介をしたいと思います。

これは、精工舎(現セイコー社)が大正時代に出した座敷時計シリーズのひとつ、「モスコー」(”モスクワ”ですね)という名前の柱時計です。勿論、時計自体が高級品だった時代のものですから、精緻な彫刻が施されたケースは、家具や弦楽器で使われる最高級材の桑が使われています。デザインは『和製アールヌーヴォー』的な要素の中にアールデコが混じったような、何とも不思議な、それでいて破綻することのない魅力的なものになっています。ちなみに、文字盤周りの彫刻は、後年発売された座敷時計の「セーロン」や「パナマ」では、直接金属文字盤にプリントされており、「モスコー」にどれだけ手間がかかっているのかをうかがい知ることが出来ます。

外観だけではなく機械も、部品の一つ一つが昭和中期~後期のものと比べると一目でわかるほど厚い金属で出来ており、心臓部のゼンマイはトルクがより一貫して保たれるように香箱に収められています。

次の写真は、同じく精工舎の座敷時計で名称は「パリ」です。柱時計愛好家の中でも人気NO.1であろうこの時計の魅力は、何と言ってもそのデザインにあるでしょう。「モスコー」とは対照的に、細かい彫刻を排しすっきりと洗練された外観は、その名の通り「パリ」を体現しています。材である木の色と効果的に使われた黒い塗装とのコントラストからトップの丸い装飾まで、全てが「パリ」のモダンな雰囲気を纏っているかのようなアールヌーヴォーなデザインです。機械は「モスコー」と同様、香箱ゼンマイの高級機械が使われています。更に、文字盤は琺瑯で出来ており、デザインのポイントの一つになっています。

ベースはアールヌーヴォーですが、同時代に作られた柱時計でも、これほどデザインに違いがあることに実に驚かされます。ここに、大正時代のデザインに対する貪欲なエネルギーを感じずにはいられません。

ちなみに、少し時代が下がると、座敷時計のデザインにもアールヌーヴォーの次の時代ーアールデコなものが登場します。参考までに一つご紹介しておきましょう。名称は「スエズ」、直線を基調としたすっきりとした姿は、これぞアールデコ的なデザインです。

いずれの時計も2週間巻き(『2週間はゼンマイを巻かなくても動き続ける』と、言うことです)になります。100年以上前の時計ですが、振り子運動が時間合わせの大元なので、ゼンマイのトルクが一定の間は実に正確に時を刻みます。年に一度は機械に注油し、3~4年に一度は分解掃除をすることでこれから先100年は十分に活躍してくれそうです。

さて、てんぐーとの主力商品からは少し離れたお話になってしまいました。しかし、古いものを慈しみながら、用のモノとして使い続けていくところは共通しています。例えば、破損しやすい陶磁器の食器類であればなおさらのこと、丁寧に扱いながら使っていくことで、その食器は本当にあなたのものになり、同時にあなたの歴史がその食器に刻まれていきます…などと、ロマンチックなお話で今回はおしまいです。

朝晩の風の中に、ほんの少し秋を感じるようになってきました。それでも日中は相変わらずの酷暑。皆様、ご無理はなさらず、お身体大切になさってくださいね。今年最後の暑中お見舞い申し上げます。